たけのこ赤軍の自由帳

反復積分とNona ReevesとPrinceとRED SPIDER

depth 2 の和公式と超幾何定理

この記事はこの曲を聴きながら読むのがオススメです:
Tevin Campbell - Shhh

Tevin Campbell - Shhh (Break It Down)



ゼータ Advent Calendar 2019 - Adventar へようこそ。本記事は 2 日目の記事です。




再び盛大に遅れてすみません。理由は私の怠惰です。




ここ最近 MZV (多重ゼータ値) の記事が多いですね。今回も例に漏れずそうです。

MZV に関して、和公式 (sum formula) という定理があります。まずはそれについて復習しましょう:


言葉の定義は毎度毎度やっていますが、今回も必要な分だけ書きます。

r を正整数とし、 \boldsymbol{k}=(k_1,\cdots,k_r) を正整数 r 個の組とします。このような \boldsymbol{k} をインデックスと呼びます。最後の成分 k_r2 以上のとき、\boldsymbol{k} を許容インデックス (admissible index, 略して adm. index とも) と呼びます。成分の個数 r\boldsymbol{k} を depth、成分の和 k:=k_1+\cdots+k_r\boldsymbol{k} の weight と呼び、それぞれ \mathrm{dep}(\boldsymbol{k})=r,\,\mathrm{wt}(\boldsymbol{k})=k と書くことにします。

許容インデックス \boldsymbol{k} に対し、多重ゼータ値 (multiple zeta value, MZV) を以下で定義します:

\displaystyle \zeta(\boldsymbol{k}) := \sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r}\frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}

\boldsymbol{k} が許容的なのでこの級数は収束します。

また、正整数 rk>r に対して集合 I(k,r)I_0(k,r) をそれぞれ

I(k,r)=\{\boldsymbol{k}\,|\,\mathrm{dep}(\boldsymbol{k})=r,\,\mathrm{wt}(\boldsymbol{k})=k\}
I_0(k,r)=\{\boldsymbol{k}\,|\,\mathrm{dep}(\boldsymbol{k})=r,\,\mathrm{wt}(\boldsymbol{k})=k,\,\boldsymbol{k}:\mathrm{adm}.\}

と定めます。このとき和公式が次のように state されます:



[定理 (和公式)]


正整数 rk>r に対して
\displaystyle \sum_{\boldsymbol{k}\in I_0(k,r)} \zeta(\boldsymbol{k})=\zeta(k).


平たく言うと "weight と depth を固定した MZV の和が Riemann ゼータ値になる" という定理ですね。

今回はその中でも、depth が 2 のケースについて扱います。まともに書くなら、正整数 k に対し

\displaystyle \zeta(1,k+1)+\zeta(2,k)+\cdots+\zeta(k,2)=\zeta(k+2)

という感じですね。



私の Twitter のフォロワーである NKSΣ (@nkswtr) 君がこの等式の超幾何級数を用いた証明を発見し、その方法がどうも新しそうだということで記事にしました。(本人に許可はとっています)



[depth 2 の和公式の新証明]

まずは超幾何定理について紹介します。複素パラメータ a,b,c と変数 z に対し

\displaystyle {}_2F_1\left(\begin{matrix}a,b\\ c\end{matrix};z\right)=\sum_{n=0}^{\infty} \frac{(a,b)_n}{n!(c)_n}z^n

と定めます。ここで正整数 n に対し (X)_n=\prod_{i=0}^{n-1} (X+i) であり、(X)_0=1 です。また、(X,Y)_n=(X)_n(Y)_n とおきました。

この級数に対し、次のような定理が成り立ちます:



[定理 (Gauss の超幾何定理)]


\mathrm{Re}(a+b)<\mathrm{Re}(c),\,c\notin\mathrm{Z}_{\leq 0} のとき
\displaystyle {}_2F_1\left(\begin{matrix}a,b\\ c\end{matrix};1\right)=\frac{\Gamma(c)\Gamma(c-a-b)}{\Gamma(c-a)\Gamma(c-b)}.



証明は簡単です。例えば

tsujimotter.hatenablog.com

をご覧ください。


次にいくつか記号を導入します。複素数 X と正整数 n に対し

\displaystyle \{X\}_n=\sum_{i=0}^{n-1} \frac{1}{X+i}

とおきます。また \{X\}_0=0 とします。見ればわかるように

\displaystyle \frac{d}{dx}(x)_n=(x)_n\{x\}_n

ですね。また、複素パラメータ a,b,c,x と変数 z に対し

\displaystyle {}_2F^H_{1,1}\left(\begin{matrix}a,b\\ c\end{matrix};x,z\right)=\sum_{n=0}^{\infty} \frac{(a,b)_n}{n!(c)_n}\{x\}_nz^n

とおき、調和数つき超幾何級数と呼びます。*1

超幾何定理の両辺を微分すると明らかに

\displaystyle {}_2F^H_{1,1}\left(\begin{matrix}a,b\\ c\end{matrix};a,1\right)=\frac{\Gamma(c)\Gamma(c-a-b)}{\Gamma(c-a)\Gamma(c-b)}(\psi(c-a)-\psi(c-a-b))

がわかります。ここで \psi はガンマ関数の対数微分です。

ここで bx に、cx+1 に、a1-a に置き換えると

\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty} \frac{x(1-a)_n\{1-a\}}{n!(n+x)}=\frac{\Gamma(x+1)\Gamma(a)}{\Gamma(a+x)}(\psi(a+x)-\psi(a))

となります。両辺 x で割ると

\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(1-a)_n\{1-a\}_n}{n!(n+x)}=\frac{\Gamma(x)\Gamma(a)}{\Gamma(a+x)}(\psi(a+x)-\psi(a))

ですね。ここからの計算がちょっと面倒です。両辺 x微分して -1 を掛けます:

\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(1-a)_n\{1-a\}_n}{n!(n+x)^2}=\frac{\Gamma(x)\Gamma(a)}{\Gamma(a+x)}({}(\psi(x)-\psi(a+x))(\psi(a)-\psi(a+x))-\psi'(a+x))

となります。さてここから a\to 0 という極限をとることを考えます。左辺は

\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty} \frac{H_n}{(n+x)^2}

となることが簡単にわかります。ここで H_n=\{1\}_n です。右辺がこれまためんどくさいのですが、前の因子 \Gamma(x)\Gamma(a)/\Gamma(a+x)a\to 0 のとき 1/a+O(1) という具合の展開を持つので、後ろの因子が a=0 に零点を持つことを使えば

\displaystyle \frac{(\psi(x)-\psi(a+x))(\psi(a)-\psi(a+x))-\psi'(a+x)}{a}

a\to 0 の極限を考えればいいことになりますね。a\to 0 のとき

\displaystyle \psi(x)-\psi(a+x)=-\psi'(x)a-\frac{\psi''(x)}{2}a^2+O(a^3)

\displaystyle \psi(a)-\psi(a+x)=-\frac{1}{a}-(\gamma+\psi(x))+O(a)

となるので、

\begin{eqnarray*}\displaystyle &&(\psi(x)-\psi(a+x){})(\psi(a)-\psi(a+x))-\psi'(a+x)\\&=&\left(\psi'(x)a+\frac{\psi''(x)}{2}a^2+O(a^3)\right)\left(\frac{1}{a}+(\gamma+\psi(x))+O(a)\right)-\psi'(x)-\psi''(x)a+O(a^2)\\&=&\left({}(\gamma+\psi(x))\psi'(x)-\frac{\psi''(x)}{2}\right)a+O(a^2)\end{eqnarray*}

がわかります。したがって

\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty} \frac{H_n}{(n+x)^2}=(\gamma+\psi(x))\psi'(x)-\frac{\psi''(x)}{2}

を得ました。*2

最後のパートとして、ここから両辺を x で高階微分することを考えていきます。k を正整数として左辺を k-1微分し、x=1 とすると  (-1)^{k-1}k!\zeta(1,k+1) となります。一方で、よく知られた事実として、Hurwitz ゼータ関数

\displaystyle \zeta_H(s,w)=\sum_{n=0}^{\infty} (n+w)^{-s}

によって*3 \psi の高階微分

\displaystyle \psi^{(k)}(w)=(-1)^{k+1}k!\zeta_H(k+1,w)

と書けるというものがあります。これを使うと右辺の k-1微分

\begin{eqnarray*}\displaystyle &&\frac{1}{2}(-1)^{k+1}(k+1)!\zeta_H(k+2,x)+(-1)^{k+1}k!\zeta_H(k+1,x)(\gamma+\psi(x))\\&{}&+\sum_{j=1}^{k-1} (-1)^k(k-1)!(k-j)\zeta_H(j+1,x)\zeta_H(k-j+1,x)\end{eqnarray*}

となります。x=1 とすると \zeta_H(s,x)=\zeta(s) (右辺は Riemann ゼータ) なので、結局

\begin{eqnarray*}\displaystyle &&(-1)^{k-1}k!\zeta(1,k+1)=\frac{1}{2}(-1)^{k+1}(k+1)!\zeta(k+2)\\&{}&+\sum_{j=1}^{k-1} (k-1)!(k-j)\zeta(j+1)\zeta(k-j+1)\end{eqnarray*}

という具合です。ただし最後の変形では \psi(1)=-\gamma であることを使いました。両辺 (-1)^{k-1}k! で割ると

\begin{eqnarray*}\displaystyle &&\zeta(1,k+1)=\frac{k+1}{2}\zeta(k+2)\\&{}&-\sum_{j=1}^{k-1} \left(1-\frac{j}{k}\right)\zeta(j+1)\zeta(k-j+1)\end{eqnarray*}

ですが、ここで簡単な等式*4

\zeta(k_1)\zeta(k_2)=\zeta(k_1,k_2)+\zeta(k_2,k_1)+\zeta(k_1+k_2)

を右辺のゼータ値の積のところに適用すると

\begin{eqnarray*}\displaystyle \zeta(1,k+1)&=&\frac{k+1}{2}\zeta(k+2)-\sum_{j=1}^{k-1} \left(1-\frac{j}{k}\right)(\zeta(j+1,k-j+1)+\zeta(k-j+1,j+1)+\zeta(k+2))\\&=&\zeta(k+2)-(\zeta(2,k)+\zeta(3,k-1)+\cdots+\zeta(k,2))\end{eqnarray*}

が出てきます。カッコ内を移項すると和公式の証明が完成します。[証明終わり]



本当に新しいかどうかは (MathSciNet とかを使ってまでは) 確かめていませんが、面白い証明であることには変わりなさそうです。この素晴らしい証明を考えついた NKSΣ 君に尊敬の意を表します。

*1:証明には使っていませんが、NKSΣ 君はより一般的に \displaystyle {}_pF^H_{q,r}\left(\begin{matrix}a_1,\cdots,a_p\\ b_1,\cdots,b_q\end{matrix};c_1,\cdots,c_r;z\right)=\sum_{n=0}^{\infty} \frac{(a_1,\cdots,a_p)_n}{n!(b_1,\cdots,b_q)_n}\{c_1,\cdots,c_r\}_nz^n を考えています。証明だけじゃなく、どうもこの対象が新しいみたいですね。

*2:厳密にはこの等式が NKSΣ 君の成果で、ここから和公式を出せるというのは私の 蛇足 戯言 余計な一言 助言です。

*3:ふつうは記号に H なんてつけないのですが、コレがないと二重ゼータ値 \zeta(k_1,k_2) と間違えそうなのでこういう措置をとっています。

*4:調和関係式というヤツです。このケースは左辺の二重和をバラすと一瞬で出ます