たけのこ赤軍の自由帳

反復積分とNona ReevesとPrinceとRED SPIDER

What is connector?

この記事はこの曲を聴きながら読むのがオススメです:
Prince & 3rdEyeGirl - FIXURLIFEUP

Prince & 3RDEYEGIRL Fixurlifeup hd720



2018 年 6 月 12 日、arXiv に論文

arxiv.org

が投稿されました。本記事は、この論文で導入された素晴らしい概念「ネクター」について解説を試みたものです。実はこの論文の著者・関真一朗さんによるこれまた素晴らしいブログ記事

integers.hatenablog.com

において解説がなされているのですが、自分の理解を深めることと、今後の準備のため、自力で解説を書いてみることにしました。殆どが上記記事の焼き直しになってしまうかと思いますが、どうかご容赦ください。


前提知識とモチベーション

多重ゼータ値について多少の知識がある方はこの節を読み飛ばしても構いません。

正整数 r 個の組 \boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r)インデックス と呼びます。最後の成分 k_r1 より大きいとき、許容インデックス と呼びます。インデックス \boldsymbol{k} の成分の個数 r深さ といい、\mathrm{dep}(\boldsymbol{k}) と書きます。また、成分の総和を 重さ といい、\mathrm{wt}(\boldsymbol{k}) と書きます。

深さ 0 のインデックスがただ一つあると考え、\varnothing で書きます (しばしば空インデックスとかいいます)。空インデックスも許容インデックスということにしておきましょう。



許容インデックス \boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r) に対し、級数

\begin{align*}
\zeta(\boldsymbol{k})=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r} n_1^{-k_1}\cdots n_r^{-k_r}
\end{align*}

多重ゼータ値 と呼びます。英称 Multiple zeta value に由来した MZV という略称を使うこともあります。後々のために \zeta(\varnothing)=1 とおいておきましょう。


多重ゼータ値の間に成り立つ様々な関係式が今までの研究で知られています。その概略については九大のレクチャーノートとして出版された荒川先生、金子先生の解説 pdf

http://gcoe-mi.jp/temp/publish/b3ab8d917d96ba8e8fb37328483cbd01.pdf

や2年前の整数論サマースクール報告集の冒頭を飾った金子先生の記事

http://www.ist.aichi-pu.ac.jp/~tasaka/ss2018/1.pdf

を見るとわかりやすいです。また、Wikipedia の記事

ja.wikipedia.org

にも簡単な解説が載せられています。



その中でも 双対性 と呼ばれる一連の関係式族に注目することとしましょう。インデックス \boldsymbol{k}2 以上の成分の個数を 高さ といい \mathrm{ht}(\boldsymbol{k}) と書きます。

許容インデックス \boldsymbol{k} の高さを簡単のため s と書くと、\boldsymbol{k} は正整数 a_1,\ldots,a_s,b_1,\ldots,b_s を用いて

\displaystyle \boldsymbol{k}=\left(\{1\}^{a_1-1},b_1+1,\ldots,\{1\}^{a_s-1},b_s+1\right)

という風に一意に表示できます。ここで \{1\}^n1n 個並べたものです。例えば \boldsymbol{k}=(1,2,4,1,1,3) だと

\displaystyle \boldsymbol{k}=\left(\{1\}^{2-1},1+1,\{1\}^{1-1},3+1,\{1\}^{3-1},2+1\right)

という具合なので、

\begin{align*}a_1&=2,\\b_1&=1,\\a_2&=1,\\b_2&=3,\\a_3&=3,\\b_3&=2\end{align*}

となりますね。


さてこの表示を用いて、新たな許容インデックス

\left(\{1\}^{b_s-1},a_s+1,\ldots,\{1\}^{b_1-1},a_1+1\right)

が定まります。これを \boldsymbol{k}双対インデックス と呼び、\boldsymbol{k}^{\dagger} と書きます。たとえばさっきの例 \boldsymbol{k}=(1,2,4,1,1,3) だと、

\displaystyle \boldsymbol{k}^{\dagger}=\left(\{1\}^{2-1},3+1,\{1\}^{3-1},1+1,\{1\}^{1-1},2+1\right)

なので、(1,2,4,1,1,3)^{\dagger}=(1,4,1,1,2,3) ですね。



Hoffman 代数での定式化も説明しておきましょう。
\mathbb{Q} 係数の二変数非可換多項式環 \mathfrak{H}=\mathbb{Q}\langle x,y \rangle を考えて、この部分代数 \mathfrak{H}^1=\mathbb{Q}+y\mathfrak{H}\mathfrak{H}^0=\mathbb{Q}+y\mathfrak{H}x を定めておきます。インデックス (k_1,\ldots,k_r) が word (単項式) yx^{k_1-1}\cdots yx^{k_r-1} に対応し、空インデックスが空 word 1 に対応すると思うと、任意のインデックスがちょうど \mathfrak{H}^1 の単項式に対応します。許容インデックスは \mathfrak{H}^0 に対応しますね。

さて、\mathfrak{H}^1 上の反自己同型 \tau\tau(x)=y, \tau(y)=x で定めます。補足しておくと、写像 f:R\to RR 上の反自己同型であるとは、任意の X,Y\in R に対し f(XY)=f(Y)f(X) となることです。

この言葉を使うと、許容インデックス \boldsymbol{k} に対応する word を w と書いたとき \tau(w) に対応する許容インデックスが \boldsymbol{k}^{\dagger} であるということができます。

例えばインデックス (1,2,4,1,1,3) は word y^2xyx^3y^3x^2 に対応し、これに対して \tau での移り先を計算すると

\begin{align*}\tau(y^2xyx^3y^3x^2)&=\tau(x)^2\tau(y)^3\tau(x)^3\tau(y)\tau(x)\tau(y)^2\\&=y^2x^3y^3xyx^2\end{align*}

という具合になります。y^2x^3y^3xyx^2 に対応する許容インデックスはきちんと (1,4,1,1,2,3) に対応しますね。



以上の準備の下、次の定理が成立します。


許容インデックス \boldsymbol{k} に対し

\zeta(\boldsymbol{k})=\zeta(\boldsymbol{k}^{\dagger})

が成り立つ。


この定理を 双対性 と呼びます。多重ゼータ値には Kontsevich の発見した 反復積分表示 という事実があり、これを使うと双対性はほとんど自明に証明されてしまう一方、級数表示だけを弄って証明する方法は知られていませんでした。その障壁を取り払うのがコネクターの発想の元です。

ネクターによる双対性の証明

正整数 m,n に対し、双対性の ネクター

\displaystyle C(m,n)=\frac{m!n!}{(m+n)!}

で定めます。これを用いて、二つのインデックス \boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r), \boldsymbol{l}=(l_1,\ldots,l_s) に対し、連結和

\displaystyle Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l})=\sum_{0 = m_0 < m_1 < \cdots < m_r\atop{0 = n_0 < n_1 < \cdots < n_s}} \left(\prod_{i=1}^r m_i^{-k_i}\right)C(m_r,n_s)\left(\prod_{j=1}^s n_j^{-l_j}\right)

で定めます。文字通り、二つの多重ゼータ値 \zeta(\boldsymbol{k}),\zeta(\boldsymbol{l}) をコネクター C(m,n) で繋いだ形の和ですね。


さて、インデックス \boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r) に対し

\begin{align*}\displaystyle \boldsymbol{k}_{\rightarrow}&=(k_1,\ldots,k_r,1)\\\boldsymbol{k}_{\uparrow}&=(k_1,\ldots,k_r+1)\end{align*}

とおきます。Hoffman 代数でいうと、\rightarrow は右端に y をつけることに対応し、\uparrow は右端に x をつけることに対応します。


定義より明らかに

\displaystyle Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l})=\sum_{0 = m_0 < m_1 < \cdots < m_r < m_{r+1}\atop{0 = n_0 < n_1 < \cdots < n_s}} \left(\prod_{i=1}^r m_i^{-k_i}\right)\frac{C(m_{r+1},n_s)}{m_{r+1}}\left(\prod_{j=1}^s n_j^{-l_j}\right)

ですが、m_{r+1} に関する和だけ取り出すと

\begin{align*}\displaystyle\sum_{m_{r+1}=m_r+1}^{\infty} \frac{1}{m_{r+1}}C(m_{r+1},n_s)&=\sum_{m_{r+1}=m_r+1}^{\infty} \frac{(m_{r+1}-1)!n_s!}{(m_{r+1}+n_s)!}\\&=\sum_{m_{r+1}=m_r+1}^{\infty} \frac{1}{n_s}\left(\frac{(m_{r+1}-1)!n_s!}{(m_{r+1}+n_s-1)!}-\frac{m_{r+1}!n_s!}{(m_{r+1}+n_s)!}\right)\\&=\frac{1}{n_s}\frac{m_r!n_s!}{(m_r+n_s)!}\\&=\frac{1}{n_s}C(m_r,n_s)\end{align*}

となります。これをもとの表示に代入すると

\displaystyle Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l})=\sum_{0 = m_0 < m_1 < \cdots < m_r \atop{0 = n_0 < n_1 < \cdots < n_s}}\left(\prod_{i=1}^r m_i^{-k_i}\right)\frac{C(m_r,n_s)}{n_s}\left(\prod_{j=1}^s n_j^{-l_j}\right)

であるため、結局

\displaystyle Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l})=Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\uparrow})

がわかります。また、対称性 Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l})=Z(\boldsymbol{l};\boldsymbol{k}) が自明に成り立つので、

\displaystyle Z(\boldsymbol{k}_{\uparrow};\boldsymbol{l})=Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\rightarrow})

も確かですね。この二本の等式を合わせて 輸送関係式 と呼びます。なぜ輸送と呼ばれるのかですが、例えばこれを用いて


\begin{align*}\displaystyle \zeta(2,1,3)&=Z(2,1,3;\varnothing)\\&=Z(1+1,1,1+1+1;\varnothing)\\&=Z(1+1,1,1+1;1)\\&=Z(1+1,1,1;1,1)\\&=Z(1+1,1;1,1+1)\\&=Z(1+1;1,1+1+1)\\&=Z(1;1,1+1+1,1)\\&=Z(\varnothing;1,1+1+1,1+1)\\&=Z(\varnothing;1,3,2)\\&=\zeta(1,3,2)\end{align*}

という具合の変形ができますが、これを見るとまさに左側の ,1 を右側の +1 に、左側の +1 を右側の ,1 に「輸送」している感じがしますね。一方、先ほど言ったように、Hoffman 代数だと右矢印は y に、上矢印は x に対応するので、輸送関係式を繰り返し適用することは即ち

yx に、xy に輸送する」

こととなります。ところでこれはまさに、反自己同型 \tau の定義ですね!!!


ということで、輸送関係式を繰り返し適用することで双対性が証明できることが確認できました。


いかがでしたか?

大野関係式への応用

大野関係式について復習しておきましょう。許容インデックス \boldsymbol{k}=(k_1,\ldots,k_r) と非負整数 h に対し

\displaystyle O_h(\boldsymbol{k})=\sum_{e_1,\ldots,e_r\ge 0\atop{e_1+\cdots +e_r=h}} \zeta(k_1+e_1,\ldots,k_r+e_r)

とおき、これを 大野和 と呼びます。大野関係式は次の定理です:


許容インデックス \boldsymbol{k} と非負整数 h に対し

O_h(\boldsymbol{k})=O_h(\boldsymbol{k}^{\dagger})

が成り立つ。


もちろん大野和は h=0 のとき多重ゼータ値に一致する O_0(\boldsymbol{k})=\zeta(\boldsymbol{k}) ので、大野関係式は双対性を含んでいることがわかります。さて大野関係式の証明ですが、h に関する母関数を O(\boldsymbol{k}) と書くと


\begin{align*}O(\boldsymbol{k})&=\sum_{h=0}^{\infty} O_h(\boldsymbol{k})x^h\\&=\sum_{h=0}^{\infty} \sum_{e_1,\ldots,e_r\ge 0\atop{e_1+\cdots+e_r=h}} \zeta(k_1+e_1,\ldots,k_r+e_r)x^h\\&=\sum_{h=0}^{\infty} \sum_{e_1,\ldots,e_r\ge 0\atop{e_1+\cdots+e_r=h}} \sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r} n_1^{-k_1-e_1}\cdots n_r^{-k_r-e_r}x^h \\&=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r} \sum_{e_1,\ldots,e_r\ge 0}n_1^{-k_1-e_1}\cdots n_r^{-k_r-e_r}x^{e_1+\cdots+e_r}\\&=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r} n_1^{-k_1}\left(1-\frac{x}{n_1}\right)^{-1}\cdots n_r^{-k_r}\left(1-\frac{x}{n_r}\right)^{-1}\\&=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r} n_1^{1-k_1}\left(n_1-x\right)^{-1}\cdots n_r^{1-k_r}\left(n_r-x\right)^{-1}\end{align*}

となります。この母関数の双対性 O(\boldsymbol{k})=O(\boldsymbol{k}^{\dagger}) を示すことができたなら、係数比較して大野関係式を取り出すことができます。ではこの母関数を適切なコネクターで繋いで輸送関係式を準備すればいいわけですが、今度は

\displaystyle C(m,n;x)=\frac{(1-x)_m(1-x)_n}{(1-x)_{m+n}}

とおいてみましょう。ここで (X)_N=X(X+1)\cdots (X+N-1) は Pochhammer 記号です。

連結和も同様に

\begin{align*}\displaystyle Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l};x)&=\sum_{0 = m_0 < m_1 < \cdots < m_r\atop{0 = n_0 < n_1 < \cdots < n_s}} \left(\prod_{i=1}^r m_i^{1-k_i}(m_i-x)^{-1}\right)C(m_r,n_s;x)\left(\prod_{j=1}^s n_j^{1-l_j}(n_j-x)^{-1}\right)\end{align*}

と定めておくと、

\begin{align*}\displaystyle Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l};x)&=\sum_{0 = m_0 < m_1 < \cdots < m_r < m_{r+1}\atop{0 = n_0 < n_1 < \cdots < n_s}} \left(\prod_{i=1}^r m_i^{1-k_i}(m_i-x)^{-1}\right)\frac{C(m_{r+1},n_s;x)}{m_{r+1}-x}\left(\prod_{j=1}^s n_j^{1-l_j}(n_j-x)^{-1}\right)\end{align*}

となり、双対性のときと同じように m_{r+1} に関する和だけ取り出すと

\begin{align*}\displaystyle\sum_{m_{r+1}=m_r+1}^{\infty} \frac{1}{m_{r+1}-x}C(m_{r+1},n_s;x)&=\sum_{m_{r+1}=m_r+1}^{\infty} \frac{(1-x)_{m_{r+1}-1}(1-x)_{n_s}}{(1-x)_{m_{r+1}+n_s}}\\&=\sum_{m_{r+1}=m_r+1}^{\infty} \frac{1}{n_s}\left(\frac{(1-x)_{m_{r+1}-1}(1-x)_{n_s}}{(1-x)_{m_{r+1}+n_s-1}}-\frac{(1-x)_{m_{r+1}}(1-x)_{n_s}}{(1-x)_{m_{r+1}+n_s}}\right)\\&=\frac{1}{n_s}\frac{(1-x)_{m_r}(1-x)_{n_s}}{(1-x)_{m_r+n_s}}\\&=\frac{1}{n_s}C(m_r,n_s;x)\end{align*}

と計算できます。故に全く同様の輸送関係式

\begin{align*}\displaystyle Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l};x)&=Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\uparrow};x)\\Z(\boldsymbol{k}_{\uparrow};\boldsymbol{l};x)&=Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\rightarrow};x)\end{align*}

が成り立ち、以降は全く同様の議論により大野関係式 O(\boldsymbol{k})=O(\boldsymbol{k}^{\dagger}) が証明できます。


さらなる応用と関連する話題


q-類似の世界では積分の変数変換が通常よりも難しい (はっきりとした理論がまだ構築されていない) ために、q-双対性の積分表示による「自明」な証明はありませんでしたが、コネクター級数の変形しか用いていないため、q のついた世界でもそのまま適用することができます。コネクターの形は、双対性と大野関係式の場合でそれぞれ

\begin{align*}\displaystyle C_q(m,n)&=q^{mn}\frac{[m]_q![n]_q!}{[m+n]_q!}\\C_q(m,n;x)&=q^{mn}\frac{[m;x][n;x]}{[m+n;x]}\end{align*}

となります。ここで

\displaystyle [N]_q!=\prod_{i=1}^N \frac{1-q^i}{1-q}

q-階乗で、

\displaystyle [N;x]=\prod_{i=1}^N \left(\frac{1-q^i}{1-q}-q^ix\right)

とおきました。このコネクターによる q-双対性および q-大野関係式の証明は読者の演習問題とします。


また、コネクターによる証明法を 連結和法 といったり、あるいは輸送を通じてダイナミックに証明されているとみて 動的証明法 といったりしますが、関真一朗さんによる RIMS での講演のサーベイ

arxiv.org

では、大野関係式以外にも様々な多重ゼータ値の関係式が連結和法で証明できることが記されています。