二重大野関係式: その後の発展
この記事はこの曲を聴きながら読むのがオススメです:
Prince - She's Always In My Hair
Prince - She's Always In My Hair (Live At Paisley Park, 1999)
昨年 10 月に arXiv にアップロードされた論文
において、二重大野関係式 という定理が証明されました。詳細は後述しますが、二重大野関係式とは、多重ゼータ値について成り立つ定理「大野関係式」の非常に面白い応用です。
私はこれを知って衝撃を受け、論文を読み、主定理の証明を解説したブログ記事
o-v-e-r-h-e-a-t.hatenablog.com
を作成しました。
また、一方で、私が以前から愛してやまない概念である「コネクター」について、自分なりの理解を述べたブログ記事
o-v-e-r-h-e-a-t.hatenablog.com
を先日投稿しました。コネクターという新たな道具を使うことで、元来非自明だった大野関係式の証明を非常に短く済ませられることを解説しています。
そして2020年6月16日。
二重大野関係式がコネクターによって再証明されました!!!!!
該当する論文は
です。これは二重大野関係式の原論文の著者である広瀬稔さん、佐藤信夫さんおよび、コネクターの原論文の著者である関真一朗さんによる三人の共著論文となっています。
これについて、第三著者・関さんによるブログ記事
がありますので、この論文の完成経緯やモチベーションについては上記記事をご参照ください。
さて、本記事では、実際に Hirose-Sato-Seki のコネクターによる新証明を理解することを目標とします。言葉遣いは例によって一応復習しますが、簡潔に済ませるので、詳細は上に引用した私の二記事か
をご参照ください。
復習
多重ゼータ値について知っている方、あるいは上記引用記事のいずれかを読んだ方はこの節を飛ばしても構いません。
をインデックスと呼び、最後の成分が 以上であるか である (これを空インデックスと呼び で書く) とき許容インデックスと呼びます。インデックス の成分の個数 (resp. 総和) を深さ (resp. 重さ) と呼び、 (resp. ) と書きます。
許容インデックス に対し、多重ゼータ値を
で定めます。
次に Hoffman 代数での定式化を復習します。
とし、その部分代数 と を考えます。対応
\begin{align*}
(k_1,\ldots,k_r)&\mapsto yx^{k_1-1}\cdots yx^{k_r-1} &\in y\mathfrak{H}\\
\varnothing &\mapsto 1 &\in \mathbb{Q}
\end{align*}
を定めることで、 の word とインデックスが一対一に対応します。以下、word とインデックスの対応と言えばこれを指すことにします。許容インデックスは明らかに の word に対応します。
上の反自己同型 を と で定めます。インデックス に対応する word を としたとき、 に対応するインデックスを と書き、 の双対インデックスといいます。このとき次が成立します。
許容インデックス に対し が成り立つ。
非負整数 と許容インデックス に対し、大野和を
で定めます。このとき次が成立します。
非負整数 と許容インデックス に対し が成り立つ。
大野関係式の の場合が双対性です。
二重大野関係式
非負整数 を用いて
と書けるようなインデックスを BBBL 型 と呼びます。word の言葉でいうと、 の word に対応するようなインデックスが BBBL 型です。BBBL という名の由来は Borwein-Bradley-Broadhurst-Lisonek の論文
において、この形の多重ゼータ値のある和が明示的に求められるという予想を提起したところにあるようです。
さて、非負整数 に対し、二重大野和を
で定めます。このとき、二重大野関係式とは次の定理を言います:
非負整数 と BBBL 型インデックス に対し が成り立つ。
これは最初に引用した Hirose-Murahara-Onozuka-Sato で示された元の定理であり、証明は先述したように私が過去記事で原証明を解説しています。
制限の除去
さて、コネクターによる証明 (連結和法) の流れを復習しておくと、
- 適切なコネクターと連結和を定義する
- 輸送関係式を示す
- 輸送する
- 連結和が特殊な場合に示したい等式の両辺になることを示す
というプロセスから成り立っているのでした。(上記引用記事 "What is connector?"、あるいはサーベイ
も参照。)
連結和法による証明では適切な輸送関係式を示して使うというものですが、それをより詳しく調べることにより、「二重大野関係式が BBBL 型以外の場合どうなるか」を明示的に書くことができるということが Hirose-Sato-Seki では主張されています。つまり、 が BBBL 型のときは が になるわけですが、そうでない場合にもこの値を調べられるという事です。その定理を原論文では 拡張二重大野関係式 と呼んでいます*1。
その結果を主張するため、具体的に扱う道具を導入していきましょう。コネクターによる証明は基本的に -類似にもそのまま延びるという一般論があるため、今回はすべて をつけた議論を行います。もし必要なければ、登場する式で適宜 を計算してください。以後すべて としておきます。
まず、実数 に対しこの -類似を で定めておきます。次に、許容インデックス に対し -多重ゼータ値を
で定めます*2。もちろん で ですね。
また、-大野和、-二重大野和を classical なケースと全く同様に
\begin{align*}O_{h}(\boldsymbol{k})&=\sum_{e_1,\ldots,e_r\ge 0\atop{e_1+\cdots +e_r=h}} \zeta_q(k_1+e_1,\ldots,k_r+e_r)\\O_{h_1,h_2}(\boldsymbol{k})&=\sum_{e_1,\ldots,e_r\ge 0\atop{e_1+\cdots +e_r=h_1}} \sum_{f_1,\ldots,f_r\ge 0\atop{f_1+\cdots +f_r=h_2}}\zeta_q(k_1+e_1+f_1,\ldots,k_r+e_r+f_r)\end{align*}
で定めます。もう今後 classical なものは扱わないので は端折りました。
今回の証明は Seki-Yamamoto のコネクターの論文と同様、二重大野和の母関数をとって示します。そのために母関数を
としておきます。変数 と は 原論文でも端折ってた 書くのがめんどくさいので書いていませんが、収束するようイイ感じに (正の実数として) 小さくしておいてください。さて、こうすると二重大野関係式は と書けます。(もちろん は BBBL 型。)
ここからは Hoffman 代数での話です。 というのはもちろんインデックスを実数にうつす関数なのですが、word とインデックスの対応により を word を実数にうつす関数だと思うことにします。また、これを -線型に拡張して を定めます。そして、冪級数環 を考え、 を で生成される の部分環とします。そして、 の元、つまり冪級数 に対し
という風にして を に拡張しておきます。
次に、
を -線型に拡張して 上の反自己同型 を定めます。
以上の準備の下で、主定理が以下のように主張されます:
に対し が成り立つ。
の定義より
と書けますね。このことから、 は をそれぞれ保つことが分かります。したがって、拡張大野関係式において とすることによって、二重大野関係式が得られることがわかります。
証明
まず、母関数 の収束性を確かめておく必要がありますね。母関数をガリガリ計算していくと
という具合になります。見た目はゴツいですが何のことはなく、和を入れ替えて等比級数の和を計算しただけですね。さて、正整数 と正実数 に対し
であることを使うと がわかります。 が許容インデックスなら は収束するのでOKですね。この不等式は高校数学なので演習問題にしても良いですが、バカ真面目にやるなら のときは
より になるのでOKで、 のときは両辺が自明に一致します。
さて、いよいよ主役であるコネクターのお出ましです。まず非負整数 と正の実数 に対し とおき (空積は )、 としておきます。そして、非負整数 に対しコネクターを
で定めます。さらに、二つのインデックス と に対し連結和を
で定めます。 と は空でもいいし、許容的でなくてもいいです。
次の命題は原論文の Lemma 2.3 です:
が正整数のとき
証明. に対し なので ですね。 以上の整数 に対し、これを で掛け合わせてついでに も掛けることで となります。まぁ見るからに でもこれは成り立ちますね。これを の定義式の と と に適用して
となりますが、同じ不等式より であり、右側の分数は見るからに と関係ないので、 は に関係ない定数で抑えられます。[証明終]
さて、記号をまた導入しましょう。インデックス に対応する word を としたとき、 (resp. ) に対応するインデックスを (resp. ) と書きます。右矢印はインデックスの最後に をつけることに対応し、上矢印は をつけることに対応しますね。
次の定理が拡張二重大野関係式の輸送関係式 (原論文 Theorem 2.4) です:
のとき であり、
のとき が成り立つ。
証明.
正整数 に対し
ですから、コネクターの差分は
となります。鬱陶しいので を と書きました。今後も といえばこれを意味します。
で、一本目の輸送関係式の左辺は定義より
ですが、 に関する和だけ引っこ抜くと
がそうですね。記号の添え字が見辛くて敵わんので を に、 を に換えて書いて計算することにしましょう:
が成り立ちます。右辺の一項目を元の級数に戻してやると となり、二項目のほうは となることが確認できますね。これで一本目の等式はいえました。
二本目については、一本目の等式で と を入れ替えたものを使うと、対称性 より
という具合に証明が完成します。[証明終]
なお、これは原論文 Remark 2.5 の内容ですが、上記証明に登場した級数の収束性については、後で述べる命題 5 の証明からわかります。
次が原論文 Proposition 2.6 です:
インデックス と が「両方空でない」か、「片方が空で、もう片方が許容的」なら は収束する。
証明.
はどう考えても収束してる (というか定義より になる) ので以下そうではないとします。
コネクターと連結和を書くときに母関数の形式的変数を明示して とか と書くことにしましょう。先ほど、補題 1 の証明中に で成り立つ不等式 を示しましたね。これを用いると、
ですね。ところで とおくと、さっきも使った不等式
を用いて
がわかります。ということで問題は の収束性に帰着されました。一方で輸送関係式は のとき後ろにくっついてた のある誤差項 (?) が消えて簡明な関係式
になります*3。ってことで、「両方空でない」ケースのときは、 を左から右へ輸送していくとやがて という形になりますね (左が空じゃなかったので)。コイツをもういっちょ輸送すると となり、右側はどう考えても許容的なので、結局のところ問題は「片方が空で片方が許容的」のケースに帰着されます。しかし定義より で、右辺は収束しますね。[証明終]
さて次が、(Hirose-Murahara-Onozuka-Sato で示されたほうの) 二重大野関係式の輸送関係式です (原論文 Corollary 2.7)。この関係式がまさに BBBL 型という条件の本質になっています:
が成り立つ。
証明. 定理 2 の二本目の輸送関係式より
ですが、ここで右辺の第一項に一本目を使うと
という具合に、誤差項が鮮やかに消滅します。二つ目も同様に
ですが、今度は今示したほうの一本目を第二項に使うことでこれまた誤差項が打ち消し合って右辺が になります。[証明終]
ここまでが連結和法による証明のプロセスのうち三つ目までです。次の命題は四つ目、つまり連結和が端の方で二重大野和の母関数 に本質的に一致することを示すところにあたります。
述べる前に記号を準備します。実数 に対し とおきます。また、非負整数 と実数 に対し
を -Pochhammer 記号とし、 とおきます。
が成り立ち、とくにこれは収束する。
証明.
定義より、
ですね。また、
ということを注意しておきます。さて示したい式の左辺は
ですが、例によって (?) に関する和だけ引っこ抜きます。 も添え字が鬱陶しいので と書きなおすと、
となります。最後の記号 は所謂 -超幾何級数というやつで、定義を書いておくと
です。さて、
o-v-e-r-h-e-a-t.hatenablog.com
において示されている Heine の和公式
で とすることで、上に出てきた -超幾何級数にこれを適用することができて、
という風になります。これを引っこ抜く前のもとの級数に戻してやると、-Pochhammer 記号のところだけ和に関係ないから前に出て、残りは 部分がうまく効いて となりますね。[証明終]
では今からちょっとだけ Hoffman 代数の話に戻りましょう。インデックスと word の対応と双線型性によって、連結和 を から への関数だと思うことにします。つまり、非空インデックス に対応する word をそれぞれ としたとき、 とおいて、-双線型写像になるよう に拡張する、という話です。さらに、 の元である二つの冪級数 と に対して、
とおいて、 の定義域を拡張します。
また、ワケあって、 をうまく取ることで が成り立つようにしておきます (以降 より小さいこの値 を代わりに で書くことにします)。次の補題 (原論文 Lemma 3.2) は Hoffman 代数で述べた輸送関係式となります:
証明. まず収束性を示します。 全体で絶対収束とか大仰なことを抜かしましたが、線型性があるので実際には
みたいな形の場合だけ示せば OK です。ここで は の word です。 も同様に word を用いて
と書けるとしておきます。このとき定義より
と書ける ( も同様) ので、定義域を拡張した連結和 の定義を思い出せば
となります。ここで
とおきました。ところで、不等式
が成り立つことが簡単に確認できます。文章で説明するのは難しいですが、 とか のスキマに挟まっていた を分離して、その個数分だけ が出てくる感じです。 が word のスキマに挟まっている状態と になって外に出た状態では、 を肩に背負った和の変数がより小さいから不等号が成り立つ、というイメージでしょうか。わかりづらくてすみません。
我々は の絶対収束を言いたかったので、 より結局
の収束を言えばいいわけですが、上に挙げた不等式と最初に要求した条件 を使えば、
となり、中身が word である の収束性は命題 3 よりわかります。
次に輸送関係式 の証明ですが、すぐ上で示した絶対収束性より和の順番をどう弄っても影響はないので、 を word だと思っても支障はありません (一般的なケース、つまり冪級数を変数としてやろうとすれば、絶対収束性より結局は係数比較をすれば済むので)。そして、同様の理由で を のいずれかだと思っても構いません。
定理 2 の一本目の輸送関係式
を Hoffman 代数のことばで書けば
でしたが、系 4 の一本目の関係式
と、冪級数に拡張した の定義より
となります。思い出してみれば が の定義にありましたから、 の場合は言えました。
最後に の場合を示しましょう。定理 2 の二本目の輸送関係式
を () 回使うことで
が成り立ちます。先ほどと同じ評価方法で
が成り立つので、
は としても収束します。そして後ろの項は
となりますから、 で消えますね。以上より
であり、最後の和の中身は が -双線型だったので と書けます。総和をとると となり、これは の定義より に等しいので証明が完了しました。[証明終]
では、いよいよ主定理の証明に入りましょう。主定理 (原論文 Theorem 1.2) は以下のような主張でした:
に対し が成り立つ。
証明.
いちいち書くのが鬱陶しいので
としておきましょう。これを使うと命題 5 の主張は
と書けますね。上矢印をつけることは Hoffman 代数だと をつけることに対応するのでした。故に
ですが、補題 6 より で、対称性を活かすと結局これは に等しいです。これがまさに示したい等式の右辺ですね。[証明終]
さて、この主定理を用いると、Hirose-Murahara-Onozuka-Sato で示されたオリジナルの二重大野関係式が「動的」に証明できます。BBBL 型のインデックスというのは非負整数 を用いて
と書けるようなものでした。さてこれを word に直すと
となるので、双対インデックスは たちの順番が入れ替わって
という風になります。右矢印・上矢印と の対応を思い出すことで、結局このインデックス は
と書けますね。ここで矢印の冪はその個数分だけ矢印をいっぱい並べることを表します。系 4 の輸送関係式
は「上右」と「右上」のペアはどちらも手を加えることなく左右に付け替えても構わない、ということを主張しています。ゆえに、上のように書いた BBBL 型のインデックス に対して
とかいう風にやっていいという事です。最後の等号のような輸送をひたすら繰り返すことによって、最終的に
といった形になります。これを上と同じ操作の逆を辿って元に戻せば になり、二重大野関係式が証明できました。