正規化定理とその一般化
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西寺郷太 - Bodymoves!
西寺郷太(NONA REEVES)「BODYMOVES!」
本記事は Zeta Advent Calendar 2020 - Adventar の3日目の記事です。
Introduction
正整数の組 をインデックスと呼び、 であるときインデックスは 許容的 admissible であると呼ばれます。許容的なインデックス に対し多重ゼータ値は級数
\begin{align} \zeta(\bk)=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r} \frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}} \end{align}
で定義されます。この "許容的" という条件は級数の収束のために保証されているべきで、したがって で終わるインデックスに対しては多重ゼータ値が定義できません。この問題を乗り越えたひとつの結果として、Ihara-Kaneko-Zagier [IKZ] による 正規化 regularization という手続きがあります。多重ゼータ値には 調和積 harmonic product と シャッフル積 shuffle product という二つの積構造が隠れており、それらに基づいてそれぞれ 調和正規化 harmonic reguralization と シャッフル正規化 shuffle regularization が定まります。この二つの正規化を繋ぐ重要な結果として 正規化定理 regularization theorem があり、今までに様々な一般化がなされています。本記事では、証明を細かく述べることはしませんが、正規化定理の基本的な主張とその一般化を二つ紹介します。
Regularized polynomials
(許容的でなくてもよい) インデックス と正整数 に対し
\begin{align}\zeta_{< N}(\bk)=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r < N} \frac{1}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}\end{align}
とおきます。 が許容的であれば となることが容易にわかります。また、Euler 定数を極限
\begin{align} \gamma=\lim_{N\to\infty}\left(\zeta_{< N}(1)-\log N\right)\end{align}
で定めます。このとき、次が成り立ちます。
任意のインデックス に対しある多項式 と実数 が存在し、 で漸近展開
\begin{align} \zeta_{< N}(\bk)=\zeta^{\ast}(\bk;\log N+\gamma)+O{\left(\frac{\log^{\ep}N}{N}\right)}\end{align}
が成り立つ。
また、許容的でないインデックスに近づくもう一つの方法として、冪級数
\begin{align}\Li_{\bk}(z)=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r < N} \frac{z^{n_r}}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}\end{align}
を考える、という方法があります。この場合も上と同様の事実が成り立ちます。
任意のインデックス に対しある多項式 と実数 が存在し、 で漸近展開
\begin{align} \zeta_{< N}(\bk)=\zeta^{\sh}(\bk;-\log(1-z))+O( (1-z)\log^{\ep}(1-z) )\end{align}
が成り立つ。
多項式 , はそれぞれ 調和正規化多項式 harmonic regularized polynomial, シャッフル正規化多項式 shuffle regurlarzed polynomial と呼ばれます。すべての多重ゼータ値 ( を含む) が 上張るベクトル空間 (これには調和積/シャッフル積で自然に -代数としての構造が入ります) を と書けば、これらはともに の元となります。
Statement of the regularization theorem
形式的冪級数
\begin{align}A(W)=\exp{\left(\sum_{n=2}^{\infty} \frac{\zeta(n)}{n}(-W)^n\right)}\end{align}
を考えます。このとき での等式 によって 上の -線型写像 が一意に定まります。ここで左辺は係数ごとに作用していると思っています: つまり右辺の の係数を とおいて 線型に拡張しています。このとき、正規化定理とは次の主張をいいます:
任意のインデックス に対し
\begin{align} \zeta^{\sh}(\bk;T)=\rho(\zeta^{\ast}(\bk;T))\end{align}
が成り立つ。
Hoffman algebra
とおき、その部分代数 と を考えることにします。このとき積構造として調和積、シャッフル積を考えることができます。調和積については
o-v-e-r-h-e-a-t.hatenablog.com
で定義しているのでご参照下さい。シャッフル積は帰納的規則
\begin{align} &1\sh w=w\sh 1=w,\\uw\sh u'w'&=u(w\sh u'w')+u'(uw\sh w')\end{align}
で定まる 上の -双線型な積です。ここで であり、 は のいずれかとしています。また、 と に対し、積構造として を備えた代数 を と書くことにします。このとき次の事実が知られています:
積 に対し同型 が成り立つ。
すべてのインデックスの形式的 -線型和がなす空間を
\begin{align}\mathcal{I}=\bigoplus_{r\ge 0}\QQ [\mathbb{Z}^r_{\ge 1}]\end{align}
と書きます。インデックスに対し多重ゼータ値を割り当てる写像 は -線型に へ拡張できます。このとき対応 , によって全単射 が構成できます。命題 4 によって に対し とおき、 とすることで準同型 が構成できますが、これを使うと正規化多項式を次のように特徴づけることができます。
積 とインデックス に対し が成り立つ。
今回の趣旨と (深く関連するものの) すこし離れますが、多重ゼータ値には次のような結果が知られています。
任意の に対し が成り立つ。
正規化定理と複シャッフル関係式を合わせて 正規化複シャッフル関係式 regularized double shuffle relation と呼びますが、この関係式族は非常に広く、多重ゼータ値間に成り立つすべての -線型関係式を導出するのではないかと予想されています。
Polynomial generalization
本節では Hirose-Murahara-Saito [HMS] による polynomial multiple zeta values (多項式多重ゼータ値、とでも訳すべきでしょうか) における正規化定理の一般化について、その主張を述べます。
インデックス に対し とおき、 に対し
\begin{align}\bk_{[i]}=(k_1,\ldots,k_i),\qquad \bk^{[i]}=(k_{i+1},\ldots,k_r)\end{align}
とおきます。, と理解しています。また、インデックスの成分の和を と書きます。このとき、polynomial multiple zeta value が の元として
\begin{align}\zeta^{\bullet}_{x,y}(\bk;T)=\sum_{i=0}^r \zeta^{\bullet}(\bk_{[i]};T)\zeta^{\bullet}(\overleftarrow{\bk^{[i]}};T)x^{\mathrm{wt}(\bk_{[i]})}y^{\mathrm{wt}(\bk^{[i]})}\end{align}
で定まります。定義より となり、また は に依存しないことが知られていて、対称多重ゼータ値 symmetric multiple zeta values と呼ばれる文脈で重要な役割を果たしています (これについてはいずれ記事を書きます)。
さて、一般化された正規化定理の主張を述べましょう。従来の にあたるものとして、 の元
\begin{align}A_{x,y}(W)=\exp {\left(\sum_{n=2}^{\infty} \frac{\zeta(n)}{n}\frac{x^n+y^n}{(x+y)^n}(-W)^n\right)}\end{align}
を考えます。これによって、 上の -線型写像 を で定める (先ほどと同様に左辺は係数ごとに定義しています) と、次の定理が成り立ちます。
任意のインデックス に対し
\begin{align} \zeta^{\sh}_{x,y}(\bk;T)=\rho_{x,y}(\zeta^{\ast}_{x,y}(\bk;T))\end{align}
が成り立つ。
Hurwitz-type generalization
[HMS] とは別方向の一般化として、[KXY] における Hurwitz 型多重ゼータ値への拡張があります。以下では を常に なる実数とします。インデックス と正整数 に対し
\begin{align}\zeta^t_{< N}(\bk)=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r < N} \frac{1}{(n_1+t)^{k_1}\cdots (n_r+t)^{k_r}}\end{align}
とおきます。また、ガンマ関数を積分
\begin{align}\Gamma(t)=\int_0^{\infty} e^{-u}u^{t-1}\,du\end{align}
で定め、ディガンマ関数をその対数微分とします。このとき、次が成り立ちます。
任意のインデックス に対しある多項式 と実数 が存在し、 で漸近展開
\begin{align} \zeta^t_{< N}(\bk)=\zeta^{\ast}_t(\bk;\log N-\log(1+t))+O{\left(\frac{\log^{\ep}N}{N}\right)}\end{align}
が成り立つ。
簡単な事実 より、 を考えることでこれは命題 1 を含んでいることがわかります。
関数 を考えたのと同様に、
\begin{align}\Li^t_{\bk}(z)=\sum_{0 < n_1 < \cdots < n_r < N} \frac{z^{n_r+t}}{(n_1+t)^{k_1}\cdots (n_r+t)^{k_r}}\end{align}
と定義します。対応する命題は以下のようになります:
任意のインデックス に対しある多項式 と実数 が存在し、 で漸近展開
\begin{align} \zeta^t_{< N}(\bk)=\zeta^{\sh}_t(\bk;-\log(1-z))+O( (1-z)\log^{\ep}(1-z) )\end{align}
が成り立つ。
命題 1,2 のときと同様に命題 8,9 によって正規化多項式 (の変種) () が定義されたわけですが、なんと正規化定理はそのまま成り立ちます。
任意のインデックス に対し
\begin{align} \zeta^{\sh}_t(\bk;T)=\rho(\zeta^{\ast}_t(\bk;T-\gamma-\psi(1+t)))\end{align}
が成り立つ。
References
[IKZ] | K. Ihara, M. Kaneko and D. Zagier, Derivation and double shuffle relations for multiple zeta values, Compos. Math. 142 (2006), 307-338. |
[H] | M. E. Hoffman, The algebra of multiple harmonic series, J. Algebra 194 (1997), 477-495. |
[HMS] | M. Hirose, H. Murahara and S. Saito, Polynomial generalization of the regularization theorem for multiple zeta values, arXiv:1808.06745. |
[KXY] | M. Kaneko, C. Xu and S. Yamamoto, A generalized regularization theorem and Kawashima's relation for multiple zeta values, arXiv:2011.14338. |
[R] | C. Reutenauer, Free Lie Algebras, Oxford Science Publications, Oxford, 1993. |