二重大野関係式
この記事はこの曲を聴きながら読むのがオススメです:
Prince - Ripopgodazippa
04.Ripopgodazippa
日曜数学 Advent Calendar 2019 - Adventar へようこそ。本記事は 3 日目の記事です。
多重ゼータ値間の関係式はたくさん知られていますが、それらの中でもひときわ強い輝きを放っているものに「大野関係式」というものがあります。ところが 2019 年 10 月、以下の論文がarXiv にアップロードされました;
[1910.07740] Linear relations of Ohno sums of multiple zeta values
これはいわば「大野大野関係式」とでも呼ぶべき関係式が見つかったという論文です。本記事はこの論文の、該当する定理の証明について行間を埋めながら和訳するものです。
まずは大野関係式について復習しましょう: を正整数とし、 を正整数 個の組とします。このような をインデックスと呼びます。最後の成分 が 以上のとき、 を許容インデックスと呼びます。
許容インデックス に対し、多重ゼータ値 (multiple zeta value, MZV) を以下で定義します:
が許容的なのでこの級数は収束します。
次に双対性を state します。 を有理係数二変数非可換多項式環 (Hoffman 代数とかよくいいます) とし、-線型写像 を で定めます。(線型写像と言っているので係数 の単項式の行き先だけで は決まり、さらに の任意のそういった単項式は の形で一意に書けるのでこういう定め方ができます)
さて上の議論から の単項式 と許容インデックス に一対一の対応がつくことがわかりました。これを使って、与えられた許容インデックス の双対 を に対応する許容インデックスと定義します。これは次のようにも言い換えられます: 許容インデックス は正整数 による一意な表示
を持つので, これによって を
と定めます。
このとき、次の定理が成り立ちます:
[定理 (双対性)]
許容インデックス に対し
.
これだけでも非常に美しく非自明な定理なのですが、大野関係式はこれをさらに強くします。非負整数 と許容インデックス に対し大野和を以下で定義します:
ここで、和の変数 は非負整数 個の組であって各成分の和が であるようなものをわたり、 は各成分ごとの和とします。以降 は省略します。
このとき、大野和に対しても双対性が成り立つ と主張するのが大野関係式です。当然 とすれば の双対性が得られます。大野関係式そのものの証明は補題 5 で行います。
さてこれから二重大野関係式を考えていきます。ステートメントは以下です: を非負整数とし、インデックス は の単項式で書いたとき と書けるものとします。このとき二重大野和を
で定めると、これに関して双対性 が成り立つというのが二重大野関係式です。インデックスの条件を言い換えると、非負整数 による表示
を持つようなもの、となります。
証明に際していくつか記号を準備していきます。
まず を単項式の変数を入れ替えて逆に読むことで定まる反自己同型 (つまり を にうつし、定数倍を保存する写像) とし、 は を入れ替えるだけで逆読みはしない自己同型とします。要するに は双対をとる写像ですね。
次に (非可換な冪級数環) とし、自己同型 を で定めます。これを使って非負整数 に対し -線型写像 を をあててから の次数が の項をとる写像として定めます。
最後に線型写像 を単項式の単なる逆読み写像 (変数は入れ替えない) とし、 を単項式に読み替える写像とします。
このとき
であるので、
とわかります。定義より明らかに なので、結局二重大野関係式は次のように書き換えることができます:
[定理 (二重大野関係式)]
任意の と非負整数 に対し .
証明.
はともに 上の線型写像なので、単項式 () に対していえば十分であることがわかります。
である一方
なので、結局 をいえばいいことになります。ここで の長さに関する帰納法を使います: ( は非負整数) のときは自明で、次に とおくと
ですが、帰納法の仮定によりこれは に等しいです。一方で
なので主張を得ます。[証明終わり]
証明.
いずれも両辺は -線型なので単項式に対して示せばよいです。
(1)
(2)
(3)
[証明終わり]
証明.
に対し を で定まる 上の自己同型としたとき、この補題の等式は
と同値なので、以降これを示します。 は定義より明らかなので、補題1,2より
となります。まったく同じ議論を でも行うことで、
がわかります。(当然これらの等式は 上で成り立つものです。) この二つの等式から
をいえばいいことになりますが、両辺の と で囲まれた部分はともに 上の環準同型なので、結局のところ等式
を 上で示せば十分です。ここで明らかに と なので、対称性より についていえば十分となります。定義通りに両辺を計算すると
となり、補題が示せました。
[証明終わり]
証明.
明らかに
ですが、仮定を と に対して使うと
となり、補題 3 が使えて
となります。ここで再び仮定を、今度は と に対して使うことで
となり、主張が示せました。
証明終わり.
証明.
これは Hoffman 代数での主張ですが、最初に示した等式
より、多重ゼータ値のことばで書き直すと
となります。最初でもそうしていたように、左辺を と書くことにします。これの に関する母関数をとり、これを とかくことにすると、結局は双対性 を示せばよいことになります。 は定義より
となります。ここでインデックス に対し
とおきます。ただし は Pochhammer 記号です。このとき明らかに対称性 が成り立ち、また非負整数 に対して成り立つ簡単な等式
から もわかります。この関係式を繰り返し適用することで双対性 が得られます。
証明終わり.
[定理 (二重大野関係式)]
任意の と非負整数 に対し .
証明.
補題 5 において とすると となる (これは明らかに MZV の双対性です) ので、これを において適用することで となります。したがって補題 4 において と選ぶと仮定が満たされているので
が成り立つことがわかります。一方先ほど使った MZV の双対性 より上記等式の最初の を除去できて、定理を得ます。
証明終わり.
Acknowledgements. 原論文の行間埋めに詰まっていたところ、補題 1 の証明を与えてくれた Oddie さん @math_elliptic さんに感謝します。また、全体的な議論に付き合ってくださった GSC ROOT プログラムの皆さん (特に 後藤珀斗 くん) に感謝します。